つつじ寺ブログ

佐賀県の大興善寺住職によるブログです。

フォトコンテストの反響

毎年、恒例の行事ですが、10年になりますので、大分、世間的に認めてくださるようになりました。入選なさった方が、ご自分でブログに書いて下さったり、新聞にニュースとして掲載をいただいたり、周りの方が、好感を持ってこの行事を盛りたてて下ることに感謝しております。地元の団体企業や商店のご協力も、この盛り上がりに不可欠で、地域の行事として認識されているようです。

近頃は、写真撮影を目的としたツアーもあり、大挙してカメラマンがお出でになることもあり、モデルさんを連れて撮影会をされる向きもあって、秋の紅葉は特に賑やかです。

ブログで大興善寺を検索しますと、かなり多くの画像が紹介されていますし、動画にしても素晴らしい作品を、YouTubeに投稿していただいています。

それらの情報をサイト上で検索することは楽しい事で、その上、様々なご意見も拝聴できて、参考になる点も多くあります。

今年は、PRの戦略として、プロモーション用DVD「大興善寺」を作成しております。旅行会社等から要望があれば、送付させていただくつもりで、準備を進めております。

3月になりましたので、そろそろポスターの配布を進めて参ります。

要望などありましたら、コメントをお寄せ下さい。

フォトコンテスト 表彰式

今日3月1日、大興善寺の四季フォトコンテストの表彰式を基山町民会館で挙行しました。24名の受賞者のうち16名がご出席で、家族連れでご参加の方もあり、表彰をしていただく方も、基山町長さんやJR駅長さん、西鉄バスもご参加いただき、和やかなうちに恒例の行事を終了しました。鳥栖記者クラブからも数社が取材に駆けつけてくださいました。

この行事を計画したのは2000年からで、丁度10年を経過しました。初めは40数点の応募でしたが、今では300点を越す応募で、入賞作品を選定するのも大変です。

カメラマンの皆さんも、日参に近いほど熱心に取り組んでおられますし、時間をかけて、日の光や人の動きを狙い、じっとシャッターチャンスを待ち、これはという写真を出品されますから、力作ぞろいです。

地元の方だけでなく、長崎や大分、山口など広範囲からの応募もあります。
大変有り難いことです。それでも選定をするとなれば、一応の基準を決めて絞る以外にはありません。

はっきり誰と人物が特定できるお姿が入った写真は、その方のご了解が得られているか否か判りませんので、入選作として公開しずらいものです。

ホームページに入選者のご氏名は公開させていただいております。どうぞご覧下さい。

下の写真は、表彰式が終って、入選者と一緒に写った写真です。


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行基菩薩ゆかりの霊場巡拝講 記念写真

035a6cc8.jpg2月17日の投稿で、奈良薬師寺管主で法相宗山田管長さまの引率で、14日に50名のご一行が大興善寺参拝をなされたことを記しておりましたが、今日、その時のお礼状が幹事の川口さんから届きました。お礼状の裏はご覧の通りの記念写真となっておりました。

私もご一緒させていただきました。

得がたいご縁を賜ったことに感謝します。

脇山慶舜大僧正を偲ぶ

大興善寺は、天台宗の九州西教区に属しております。福岡県佐賀県長崎県熊本県にまたがり120ヶ寺の法人寺院があり200余人の僧侶がいます。

この九州西教区最長老が「脇山慶舜大僧正」でしたが、1月31日ご遷化との知らせがこの程届きました。享年100歳、また私たちは、尊敬する大先輩を失いました。

気取りのない温厚なお人柄で、お年を召しても体が動く間は、12月の天台宗一斉托鉢には決まってご参加をされておりました。
研修会はじめ教区の会合でも、よくお顔を拝しました。そしてニコニコと若い私たちにも気軽に声を掛けて下さっておられました。

佐賀市内の「本荘院」が住職寺で、その寺は「方除のお札」が有名だとお聞きしておりました。

かつては、宗務所長選挙に立候補されたこともあり、教区主事や監事、天台宗中央選挙管理委員を歴任されています。

私の身内である佐賀県杵島郡白石町「安福寺」の法嗣が結婚した時は、戒師を勤めてくださり、大変感銘深い結婚式となったことが思い出されます。もうあれから20年は経つでしょう。あの時結婚した若い夫妻も、今年4月長女が大学進学を迎えますので、まさに光陰矢の如しです。

老いても若い気持ちを失わず、お寺を護ってこられた大僧正も、年には勝てず、介護を要する境遇にて最期をお迎えになったとお伺いしました。

それにしても、百寿を全うされとことは素晴らしいことで、亡き大僧正さまの暖かいお人柄の温もりが、残された者の心に永久に刻まれ、永遠の灯りをともし続けいくことを願わずにはおられません。

永年にわたるご恩顧に謝し、謹んでご冥福をお祈りします。

田中常夫先生お通夜に参拝

19日朝刊の地方版に「田中常夫先生」のご逝去が報じられておりました。20日葬儀と記してありましたが、20日は法務が入っておりましたので、昨夕お通夜に弔問いたしました。

田中先生は、佐賀県の陸上競技界のリーダーとして、そのご活躍ぶりは、あまりにも有名です。日本陸連の理事も歴任され、お人柄とあいまって、お亡くなりになる直前まで、大きな競技大会には大会役員として名を連ね、老いて益々盛ん。まさに重鎮といった存在でいらっしゃったようです。
陸上選手強化トレーニングの一環として、大興善寺の127段の石段を使っての練習を試みられた事もありましたし、先生のご紹介で、県のスポーツ関係の役員さんも、お出でになりました。

地元、基山中学校の校長先生で、奥様の田中先生も以前は(今は廃止されましたが)分校の先生をされておりましたので、親しくお付き合いをさせていただいておりました。大興善寺の護摩祈祷にも、奥様がよくご参拝をいただいておりました。

比叡山にもお参りしたいということで,何度かお誘い致しましたが、ご多忙な先生の日程で、なかなか実現しませんでしたが、平成16年天台宗ハワイ別院参拝にご参加が叶い、ご一緒させていただきました。30名ほどで参りましたが、今にして思えば、まだまだ、皆元気で、参拝のほかハワイ観光を楽しみました。

数年後、ハワイ別院住職「荒 了寛師」が九州に講演にお出でになった折は、大興善寺ハワイ参拝団のメンバーが鳥栖で歓迎会をしました。その折も先生はご出席いただき、楽しい時を過ごしたことを思い出します。

1月末の星祭開運護摩祈祷の折は、先生がご病気で、奥様は看病のため家を空けられないというので、ご近所の方がお札を受けてくださいました。

寺庭婦人とも一度お見舞いにお伺いしたいと話しておりましたのに、それも果たせず、昨夜のお通夜への参拝となったわけです。

少し時間をずらして8時過ぎてからの参拝となりました。奥様から、「主人は病院での治療より家で最期を迎えたいという希望で、抗癌的な医療を拒み、自然のままで命をまっとうしました。」「何の苦しみもなく安らかに82年の生涯を閉じました」というお話を聞き、一徹に信念を通された先生の生き方に感動しました。

「主人は、毎朝、15分程は仏壇でお経をあげておりました。」とおっしゃる奥様のお言葉に、自信に満ちた先生のお元気な頃のお姿の背景には、敬虔な信仰によって磨かれた人格の輝きがあったのではないか、との思いを強くしました。今更の如く惜別の念がこみ上げて参ります。

国体をはじめ、様々な行事に中心的な役割を果たされた先生の在りし日を偲び謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

近況 2月もあと10日

山田天台座主17回忌から1週間が過ぎました。

フォトコンテストのスポンサー各位に、協賛のお願いをして、いよいよ発表の段取りになりました。

今年は、新たに つつじと紅葉PRのためプロモーション用のDVDを作成しました。各方面に配って、PRの新たな展開をはかる予定です。ツアー募集や郷土の名所紹介としてご活用いただけば幸いです。つつじと紅葉を一つにまとめ8分程度で編集しております。活用法についてもご助言を賜りたく存じます。

檀家の少ない寺としては珍しく、ここ暫くは年忌のご法事に出かけることが続きましたし、村祭りに呼ばれて、お食事をいただく機会もあります。以前ですとお酒を勧められることも多かったのですが、今は、お断りを素直に聞いていただけますので助かる部分もありますが、酒酌み交わす機会が少なくなって、コミニケーション、親密度が薄くなる危惧もあります。

檀家の皆さまに対しては、「年忌のご法事は、人を多く集めて、しかも家族総出で参加するようにしたほうが、家が栄えますよ」「お爺ちゃんやお婆ちゃんであれば、孫も参加するように取り計らってください。従兄弟が仲良くなります」と申しております。
年忌という家族や一族の大切な儀式に、年寄りばかりが集まるのではなく、幼い子どもも参加することで、仏教が生活にかかわりを持ち、肉親の絆も強くなると思うのです。

お経をあげて亡き人を弔うことの大切さだけでなく、残された人の今後の人生を、家族親族が力を合わせて、より豊かにしていくことの重要性も声を大にして説きたいものです。

去る14日には、奈良薬師寺の「山田法胤ご管主」が「行基菩薩ゆかりの霊場巡礼講」ご一行50名を引率して大興善寺にご参拝になりました。
「九州にお出でになって、先ず第一番に当寺にご参拝いただいたことに御礼申し上げます。はるか1300年にさかのぼる行基菩薩のご縁によって、皆さまをお迎え出来ることを感謝します」とご挨拶しました。
全員でご本尊さまとお薬師さまにお経をあげてくださいました。感激の一日でした。

今日17日はお観音さまのご縁日。朝、お参りなさった方から「2月1日東京にいて、NHKラジオのお昼の番組で和尚さんが出演なさっている放送を聴きました。」というお話をお聞きしました。
午後は、静岡県からのご参拝のご夫婦が「私の家は天台宗です。大興善寺が、天台宗と聞いて尋ねて参りました」というお話。

今日は、いつもとは違う、特別の日のような一日でした。 

 

山田恵諦座主17回忌追善の集い 1

f2454b94.JPG2月6日のブログに「山田恵諦座主」について触れておりましたが、師僧のご縁でもって、「山田恵諦座主17回忌追善の集い」にご案内をいただきました。

2月10日 13時30分 浜大津港 琵琶湖汽船乗り場集合ということで、小雨の中を港に参りますと、大勢の方が集まっておられました。久しぶりにお目にかかる方も多く、旧交を温めたひと時でもありました。

船に乗り込みますと、船内にお地蔵さまの祭壇を誂えてあり、船が出ると同時に、「書写山 円教寺 大樹已講大僧正」お導師の元、比叡山横川山内ご住職総出仕で、地蔵本願功徳経読誦の法要が営まれました。参列者全員、お地蔵さまのご真言を唱えながら船尾に移り、配られたお地蔵様のお姿を琵琶湖上に散じて供養する「地蔵流し」の作法があり、霧のため周囲の展望はきかないで、僅かに群れ飛ぶ湖上の小鳥の姿を見るという、冥界を思わせる情景のなかでの法要でした。

1時間で船は琵琶湖ホテルのそばに到着。それからは、ホテルでの「追善の集い」となります。

天台宗のお歴々はもとより、各宗の高僧、各界の名士など、山田座主猊下のお徳を慕い偲び、大勢の人が、この席にお集まりでした。

山田恵諦座主17回忌追善の集い 2

540931c7.JPG船上での「地蔵流し」が終ると、今度は会場を琵琶湖ホテルに移して「追善の集い」が催されました。2・300人の参加だったと思います。指定された席に着きましたら、ちょうど私の前に「正司歌江さん」が座っておられましたので、記念に写真をご一緒させていただきました。お座主さまを偲ぶご挨拶があり、「元かしまし娘ですが、今は俳優の正司歌江として舞台に立っています。」と元気一杯のお姿を見せておられました。

フォトコンテスト情報

「大興善寺の四季 フォトコンテスト」は、昨年12月31日を以って締め切りましたところ、315点の応募をいただきました。

1月はじめに審査を行い25点の入選作品を決め、入選者には、ネガやデータのご提供をお願いしましたところ、全部そろいましたので、3月1日の表彰式を目指して準備中です。

現在、スポンサーのご依頼を致している段階で、それが決まり次第、発表します。応募者の皆さまにも、ご連絡いたしますので、あと数日お待ち下さい。



中外日報の記事

1月22日 中外日報の記者さんのご来訪を受け、その時、取材を受けた記事が、2月2日付けで掲載されました。内容は、父である師僧「神原玄祐師」の思い出で、現在、私が、その後をついで、つつじ公園を継承していることを、うまくまとめてくださいました。

添付しております画像をご一読くだされば、おおよそのことはお察しが付くでしょうし、生前の父をご存知の方には、いくらかでも思い出して下さるのではないかと思って、このブログを書きました。

師僧は「山田恵諦座主猊下」とも比叡山中学の同窓です。いい学友に恵まれたことが、こんなにまで、後の人生にすばらしい影響を受け、花開く一生を送れたことになるとは、思いも寄らぬことだったと推察します。

ふと「運を自分の方に引き寄せる力」ということが脳裏をよぎりました。

私も、はつらつとしたエネルギーが、明日を迎える活力となることを心がけ、師僧の生き方に学びたいと思います。c2a5c518.jpg

NHKラジオ出演  80ちゃん号基山へ

1月20日過ぎ、NHK佐賀放送局「早坂アナウンサー」より連絡がありました。「2月1日NHKラジオ番組に出演していただけませんか」ということでしたので、気軽く「いいですよ」とお答えしておりましたら、「1分間で読むメッセージを準備してください」とのFAX。折り返し原稿を作ってFAXで送信しましたところ、ラジオ番組にふさわしい内容に添削をいただきました。

きょうは、その当日です。指定された基山町役場に参りましたら、「ここはふるさと 旅するラジオ」と書かれた大型車(これが80ちゃん号)が待ち構えており、なんと、今日のラジオ出演は、全国中継の生放送とのこと。大型車がステージとなって100人ほどの人が見ている前での生中継でした。12時30分から50分の間、私の出番は2、3分でしたが、大興善寺のPRをさせていただきました。

『4月にはつつじのシーズンを迎えます。
中旬から下旬になると境内は5万本のつつじで覆われます。
花の浄土を目の当りにできるのも、もう間近です。
みなさま是非お越し下さい。』

30日、31日の「開運護摩祈祷」の間は、まずまずのお天気でしたが、今日の生中継は、小雨の中。ステージの前には、テントが張られておりました。


開運星祭護摩祈祷

星祭は、本来、冬から春の変わり目である節分に「日数心経」365巻の般若心経を読誦する作法で行う行事と思いますが、大興善寺では、節分に近い土曜日・日曜日を開運の護摩祈祷として豆まきも併せ、もろもろの新春行事を実施しております。
参拝者も、お手伝いの皆さまも、その方がいいということで、随分前からこのような形で執り行っております。

これはすっかり定着しておりましたが、今年は、初めて1月末の土曜日日曜日で実施します。

幸い好天に恵まれ、さほどの寒さでもありませんので、ご参拝の皆さまには喜ばれると思います。

なお、節分夜八時からは、毎年、節分会を勤修しております。護摩祈祷のあと豆まきの行事です。30日31日にご参拝できない方は、夜の行事にお出で下さい。

つつじPRチラシ原稿

1a31e38d.jpgつつじPRのため、JR九州の駅、西鉄バス、高速道サービスエリア等にお願いするチラシの原稿が出来上がりました。
ポスターと同じデザインで、A4版の大きさです。
上記のほか、観光協会や近隣のホテル等にもお願いする予定です。裏面には簡単な地図を入れて、お客さまの便を図っております。

このチラシが実際に出回るのは、3月からと思いますが、今、印刷準備中で、2月はじめには出来上がります。

また、旅行会社さんやお店の案内コーナーにも配らせていただいています。

ご協力いただけるところは、どうかご一報下さい。お届けさせていただきます。(FAXにて送付先、必要部数をお知らせ下さい。FAX番号は0942-92-3077です)

九州四十九院薬師霊場会 理事会

1月25日 16時から福岡のホテル会議室で開催しました。平成11年5月発会よりずっと続けてきた会長の職を、今年の役員改選を以って退くことで役員さんの大方の賛同を得ました。事務局長(北九州小倉にある黄檗宗の名刹「福聚寺」住職)さんも同時に辞任したいというご本人の希望でしたが、こちらの方は、一年間だけは仕事を続けていただき、次期「事務局長」候補の方に事務局に入ってもらって、しかるべき時期をみてバトンタッチでは如何かということに落ち着きそうで、4月総会で決定します。

鹿児島県と大分県は欠席でしたが、各県の理事さんにお集まりいただき、昨年の年次大祭の総括をはじめ、諸活動についての意見交換を致しました。9月29日朝倉市「南淋寺」さんでの年次大祭は、「お話がよかった」という総括です。講師である福岡県小郡市「如意輪寺原口住職」のユーモアあふれる法話に加えて、本会副会長「宮崎高千穂 昌竜寺霊元住職」(大本山総持寺布教部長)の説かれたお薬師さまの功徳のお話が参拝者の心を打ったという感想が出ておりました。南淋寺名誉住職からも、「檀家の皆さんが心を一つにして、一生懸命に行事を支えてくださったので、会場を引き受けてよかった。」というお話がありました。

宗派の垣根を越えて、ささやかながらも、一つの行事が遂行できたことを喜びたいと思います。

ホームページの更新、PR用のパンフ制作など課題はいっぱいありますが、前向きな意見が出ておりますので、前進が期待できそうです。

近況 あれこれ 

986faad5.JPG今朝、テレビに、鈴木自動車がフォルクスワーゲンと提携することで79歳の鈴木会長さんが登場され、自ら会議を主宰し、工場に出かけては第一線で陣頭指揮をとっておられるお姿が写し出されました。
ちょうどその頃、ご参拝の方から、ご親戚の方が97歳で自動車免許の更新手続きをしておられるというお話を聞きました。

74歳の私も、まだ若いと俄然元気をいただいた心地です。

昨日は、宗教新聞である中外日報の記者さんがお出でになり、取材を受けました。
取材の内容は、「中外日報」の別刷りとして配られる「人生Journal」の「わが師わが友」の欄に、私が師匠である「父 神原玄祐師」について語るという形で、思い出を語り、その生き方に学びそれを継承しているという内容での取材です。
どんな形で発表されるかわかりませんが、父もまた百寿を全うした人ですから、まだまだ頑張らねばとの思いも募ったところです。

先にお知らせしました、高い枝の剪定、まで続いております。10メートルの梯子にのぼり、6メートルの長さの鋸で枝を下ろしていくという作業です。
お仕事振りを見ておりますと、梯子の中間と先端に2本ずつロープをかけて地面に固定し、しかも、梯子と木の幹もしっかり結わえてずり落ちないようにし、作業する人にしても、手放しでも安全に仕事が出来るように、命綱をしっかり掛けて仕事をしておられます。
兼好法師「徒然草」の「高名の木登りといいし男」の一節が甦ってきます。素人の方が、安全対策については、いい加減です。
「専門家に学ぶ」というのは技術だけでなく、心構えも大切だと今更の如く感心しました。

高い木の枝落とし

a6e6fdd5.JPG大興善寺の公園には、高い、杉・ヒノキ・楠・椎が、つつじやイロハモミジを覆っています。これが特徴で風情で、簡単にまねの出来ない独特の雰囲気を演出しているのですが、このために日当たりが悪くなり、花芽が付きにくいという環境にあります。

ですから枝打ちが大変です。10メートルの梯子でも届きません。
以前からお願いしていた、きこりさんが、やっと今日からという事になり、作業の準備をしているところです。

10日間ほどの間に、どの程度はかどるか、やってみなければ判らないようですが、今、同時並行で進めている防虫対策もあわせて、きれいな花を咲かされるための準備も大変です。

最澄の足跡を再現

c1c1934c.tif今日1月18日 福岡市に本社のある「西日本新聞」6ページ掲載の「聞き書きシリーズ」『ひとすじの梅の香』の今日のテーマです。
語り手は「太宰府発見塾長 森 弘子さん」です。宝満山の歴史研究では第一人者である森先生のお話が、1月になってずっと掲載されておりましたが、
今日は、我が宗祖、伝教大師さまのお話へと進んで参りました。

昨年、11月「安西の塔」記念碑が建てられましたが、そのことを取り上げていただいています。また、妙香庵のお大師さまの像についても触れていただいておりますので、嬉しくなって書かせていただきました。

森先生のこの連載で、宝満修験復興のことも、詳しく知ることが出来ました。
天台宗の近隣の寺院が、交替で、毎年2月25日、菅原道真公のご命日に「太宰府天満宮」で法要をさせていただいていることも含めて、明治維新によって、無理に神仏分離が強行され、貴重な文化が失われたことに対し、いささかなりとも、その修復が実現していることを喜ばずにはおれません。

手を取り合って進んでいけるような雰囲気が、大事だと思います。

雪が降りました

2685ffdd.JPG山陰や北陸では、この位の雪に驚くことはないでしょうが、山間といっても北九州の当地では、こんなに降れば、話題になります。朝もまだ降り続いておりましたので、途中の道路事情を心配してか、カメラマンの姿はありません。
大興善寺ホームページ、ライブカメラにも雪が写っておりますが、もう、この情景も日差しが強くなれば、消えてしまいます。

昨日は、フォトコンテストの最終審査を行いまして、入選作候補25点を選定しました。今月27日までにネガやデータを送っていただき、ご提供いただいたものを入選作に正式決定。2月はじめに公式発表して、3月1日の表彰式、展示会へと進めて参ります。300点を越す応募作品の中にも、雪の情景が5点ほどあり、その中の一点を入選候補に入れさせてもらいました。


八万四千最初の塔

b6add98d.JPG公園に入り最初に目に付くのが、この「八万四千最初の塔」です。江戸末期の傑僧で墨跡も高く評価されている「豪潮律師」が、八萬四千の塔を建立せんとして、第1号の立塔が大興善寺に残るこの塔です。享和2年(1802年)の年号が記してあり、基山町の文化財に指定されています。

「豪潮律師」は,肥後玉名の出身で、上は朝廷から,下は一般庶民にまで崇敬を集められたお方で大興善寺にも いくたびか錫を留められたようで、他に文化13年建立の一石一字の塔もあります。

天台宗の寺院で日常的に用いております「天台宗常用法儀集」には、常行三昧法則に「「豪潮律師詠じて曰く」「手向けつる香の煙はやがてまた 我を迎ふる雲となるらん」の歌が引用されております。 

長野からご参拝の天台宗のお坊さんが、この塔に、大変感動されたことがありました。

今では、この八万四千最初の塔が、すっかり周囲に融け込み、大興善寺ならではの情景を作り出しています。

「ローマは一日にしてならず」ほどの長い歴史ではありませんが、大興善寺も、養老元年(717年)開創から時代ごとの変遷を経て今があることを考えれば、ちょっとした風景の端々にも、歴史の積み重ねがあることを再認識させられました。 

紅葉の盛りには、人の出入りが多く賑わっていた公園も、今は、小鳥の天国です。たわわに実った南天の実も、いつか、小鳥の餌になる運命です。      

あけましておめでとうございます。

5e1dbe72.JPG昨年も、一昨年も、お正月は雪でした。今年も雪です。それでも天気予報ほどの降りではなく、参拝もまずまずの人出で、実感として「おめでとうございます」のご挨拶が出来たことを喜んでいます。大興善寺は海抜100メートル程度ですが、地形の関係からか、町の中心とは、気温が1,2度低く、下着一枚は違うようです。
それに、雪がいつまでも解けません。孫たちの楽しみは「雪だるま」です。雪が降ると、待っていましたとばかり広場の雪を一輪車で集めて、雪だるまの制作に余念がありませんが、この度は、道路の雪がさほどまでなく、大晦日も、きょう元旦も、道路はすっかり乾いていました。
昨夜は、随分冷えていましたが、スリップすることもなく、スムースに事が運びました。
国宝殿の毘沙門天公開には、階段に雪が残って気を遣いましたが、階段の手前から拝んでいただくことで対応しました。

新春のご挨拶では、「皆さまとご一緒に、お観音さまの大きな功徳に触れ、新しい幸せを自ら切り開く覚悟で、精進しましょう。」とマイクを通して呼びかけました。

本堂の屋根に雪が残っているお正月。そうざらにあるわけではありません。今時は、珍しい光景です。

ここしばらくは、祈願の行事が続きそうです。
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